原付北海道1周4,000kmリターンズ

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実は昨日の記事は前フリでした。

 
昨日ご紹介しました、山下達郎さんのベスト・アルバム「OPUS」
達郎さん自身が選曲された55もの曲が収録されているのですが、
何曲か「あ~、あの曲入ってないのか~。」と残念に思う曲があります。
 
そのうちの、この1曲。
 

                                                                                     山下達郎 THE WAR SONG
 
「THE WAR SONG」
 
1986年に発売になった「ポケット・ミュージック」というアルバムに収録されている、
単なる1曲です。
 
でもこの曲は私の心をとらえて離しません。
たぶん達郎さん唯一の、明確な“反戦メッセージ”を含んだ曲だからなんです。
 
 
 ワシントンポスト会長キャサリーン・グラハム会長宅で行われたワシントン・ポストの外交記者ドン・オーバードーファーの質問に「日本の防衛のコンセプトの中には海峡やシーレーンの防衛問題もあるが、基本は日本列島の上空をカバーしてソ連のバックファイアー爆撃機の侵入を許さないことだと考えている。バックファイアーの性能は強力であり、もしこれが有事の際に日本列島や太平洋上で威力を発揮すれば日米の防衛協力体勢はかなりの打撃を受けることを想定せざるを得ない。したがって、万一有事の際は、日本列島を敵性外国航空機の侵入を許さないように周辺に高い壁を持った船のようにする」と答えたものを通訳が「unsinkable aircraft carrier」つまり「不沈空母」と意訳したのだった。
後日オーバードーファーから、中曽根の秘書官に電話が入り、録音テープを調べなおしたが「不沈空母」なる言葉がなかった、用いた言葉は「大きな船」であり、正確な内容をもういちど記載すると言ってきたが、中曽根は即座に訂正の必要はない、と答えさせた。
                                   (出典:Wikipedia中曽根康弘」)
 
 
 1983年1月、米ソの冷戦の真っ只中、当時の中曽根首相が言ったとされる「不沈空母発言」
「不沈空母」と言ったか言わなかったかはともかくですが、
ご自身「訂正の必要はない」とおっしゃっているということは、
「そう考えてもらって結構。」という意味だと解釈できるでしょう。
 
 
そして「THE WAR SONG」は、この発言を受けて書かれたものだと言われています。
 
 
名も知らぬ 友達よ / 君の国は なんて遠い
道端の 子供たち / 叫び声は 風に消える
誰一人 知らぬ間に / 鋼鉄の 巨人が目覚め
老人は 冬を呼ぶ / キャタピラの音が轟く
 
Woh,oh Woh,oh / 悲しみの声は 世界に満ち溢れ
Woh,oh Woh,oh / 夜が近づいてくる 
 
Woh,oh Woh,oh / 悲しみの声に 答える術もなく
Woh,oh Woh,oh / 僕はどうすればいい
 
 
この曲はライブ・アルバムの「JOY」にも収録されており、
達郎さんも思い入れがある方の曲ではないかと思われます。
 
 
幸い冷戦は終結しましたが、まだまだ世界情勢は不安定です。
平和だと言われているこの日本でさえも。
 
戦いの準備をすることが、すべて戦いにつながるものとは思いませんが、
「何なら戦ってもいいぞ」というアピールを何のためにするのでしょうか。
誰かに対してそんなことをする必要が、本当にあるのでしょうか。
そのことが必ず、逆に戦いを抑制する、という保証はどこにあるのでしょうか。
 
現実に戦いは悲惨で、残酷なものです。
 
今もシリアなどでは、多くの人の血が流れ続けています。
世界のどこでもが平和である、というワケではありません。
その人たちは「戦いの準備を進めよう」と言う平和な国の人々を見て、どう思うのでしょう。
 
 
「ベストアルバムやったら聴いてもいいな。」的なきっかけで「OPUS」を手にする人にも、
この曲、聴いてもらいたかったな、とちょっと思ってしまいます。
 
 
で、実はこの「THE WAR SONG」には、もう一つエピソードがあります。
それはまた明日。